∈「S−CLUB」∋
⇒何時でもどこでも君が欲しい


「お母さん、最後まで私のお金使わなかったんだよ。最後まで、お父さんの面倒なんか見させてくれなかったんだよ」
 それは、あの遺言が教えている。本来なら娘に当てられるだろうそれを親戚にというのだから、徹底しているといえばしているだろう。
 そこまで語ったアンは、黙ってじっと聞いているセフィロスを見やって、
「帰って来いって、一度も言われなかった」
 そう、笑って言った。
 その後セフィロスから目を離すと、今度は空いたグラスの空っぽの中身を見詰めながら、アンは呟く。
「もう、帰るトコ無くなっちゃった。もう、仕事する理由も無くなっちゃった。もう――――――私を、怒ってくれる人……いなくなっちゃったあ…」
 その呟きの後、暫くその場は静まった。
 店内からの他の音が、やけに五月蠅く感じた。
 けれどセフィロスはその沈黙を破るように咄嗟にグラスを掴むと、それになみなみとウイスキーを注いだ。そしてそれをアンに渡す。
「まだ、空っぽなどではない」
「え?」
「空っぽになど、俺がさせない。いつでもどこでも、お前は空っぽなどではない。お前がやっていることに意味が無いなんてことはない」
「セフィロス…?」
 目前には、なみなみとウイスキーの入ったグラス。それはまるで、何もかも失った心を満たすかのようだった。
「もしも空っぽになってしまったら、また注げば良い。例えこの世にもう同じ酒が無いとしたってグラスは満たすことができる。新しい酒で満たすことができるだろう?」
 真剣な面持ちでそう言うセフィロスを見て、アンは黙ってそのグラスを手に取った。そして、それを一口だけ流し込む。
 その酒は、勿論、先ほど飲んだ一杯と同じ味をしていた。それが何だか切なくて、アンはもう一口を口に流し込みながら涙に目を霞ませる。
 そんな様子のアンの肩に、そっと触れる暖かさがあった。
 それはセフィロスの手である。
「やはり、前言撤回しよう」
「どの言葉?」
「―――――お前の希望なら…慰めても良い。体ででも、何でも」
 フイ、とそっぽを向きながらそんなことを言ったセフィロスに、アンは涙目で笑いながらこう返した。
「…うん、アリガトウ。でもね、大丈夫。だってホラ、このグラスは空っぽじゃないから」
 
 その日を境にセフィロスは、アンの大好きな酒を大量に確保した。
 そんなに発注してどうするんだ!というオーナーの声にも耳を貸さず、その酒を大量に抱え込んだのである。勿論それは、彼女のための酒だった。彼女のグラスを絶対に空っぽにさせないための、酒だった。
 しかし―――――――――。
 彼女がそれ以降、S-CLUBに来ることはなかった。
 
 
 
 回想から我に返ったセフィロスは、ふっと笑いを漏らしてしまう。
 確かあの酒は随分と消費に時間がかかったな、などと思ったからだ。アレ以降姿を現さなかった彼女は、多分どこかで新しい酒でグラスを満たしていることだろう。セフィロスがいなくても、しっかりそれをできているのだろうと思う。
「どうしたんだ、ニヤニヤして?」
 目の据わっているルーファウスが、首を傾げてセフィロスに問う。
「いや、別に」
「あ〜や〜し〜い〜!教えろ、セフィロスめー!!」
「…タチ悪いぞ、オーナー」
 今に始まったことじゃないけど。
「どうせアンのことを考えていたんだろう?まあ言ってみれば恋、だな」
「は?」
「いや、だから。お前、アンに恋したんだろう」
「恋??」
 ―――――――あれは恋だったのだろうか?
 セフィロスは首を傾げる。恋、というよりもっと別のもののような気がするが、それが何かと問われるとちょっと分からない。だからセフィロスの答えは曖昧になる。
 けれどそんなセフィロスに、ルーファウスはこんな事を言い出した。

 

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